ひとの気持ちはひとのもの

 風邪をこじらせてしまった。

 夫が休みなので、娘の幼稚園の送りと、次男の登校付き添いを頼み、1日籠ろうと思った。

 が。次男の登校前のぐずつきに夫がまんまとやられ、「だったらもう行かなくていい!行くのやめろ!」と怒鳴った。

 案の定次男は、泣きじゃくって「もう行かない!お父さんのせいで行く気なくした!」とヒステリーを起こした。
 そんなヒステリー起こして泣いてるのなんか、久しぶりに見た。

 やはり、感情と感情のぶつかり合い、子供のペースに乗ることは、何もよい結果にならないのだなあと、確認できた。

 そうかー、こういう化学反応になるのだなあ。

 夫はまだ場数を踏んでない(頭から泥水浴びる回数が少ない)から、子供のペースに乗せられて、 「もう行かなくていい!」を言わされた。

 結局は、親からその一言を引き出すためのあれこれグズグズだから、乗っちゃダメなんだ。

 わかってても、それでも、言わずにはいられなくなる。すごーい粘るからね、子供も。

 でも、子供は、それに乗っからずに「行こうね」と背中を押してほしいのだから。ということが、客観的に目で見てわかったので、とても勉強になった。 

 
 そして今、私は、何とか気持ちを立て直した次男の登校付き添い中。

 浴びた泥水の数だけ、歯を食いしばって泣いた数だけ、私も逞しくなってるんだな、打たれ強くなってきてるんだな、と思えた。

 夫はへこたれてたけど、それだって経験しないとわからない、子供とぶつからないと自分の気持ちだってわからないものね。

 いずれにせよ、私は、「他人の失敗、他人の挫折感、他人の不機嫌」に、いたたまれなさすぎるんだと思う。 

 落ち着いて、いたたまれ!と、自分に念じている。

 すぐに腰が浮いて、オロオロした気持ちになる。

 ほっとこうぜ!人の気持ちは人のもの!

 

 その後、娘を児童館に連れていってくれる…、と言っていたのに、夫はお昼の味噌ラーメン食べて寝てしまった。

 やっぱり「子供に関わること」に対する緊張感とか責任感、温度差がある。

 当たり前だけどね…、それは当たり前だけど、だからといって、良しとはしないぞ。

 結局、起きて、「だるさを全身全霊でアピール」しながら娘を連れて出ていった。

 でも、こっちから、機嫌を取らない。

 嫌ならやめる、それは本人の選択だし、自分で言えばいいんだ。

 自分で言って、自分で結果を引き受けるのだ、何事も。

 ということを、次男の登校しぶりを通じて私は覚えた。次男にも「自分で言いなさい」と言っているから。  もうあれだ、みんな、自分のことは自分でやる、ご機嫌も不機嫌も本人の問題だから、「お母さん何とかして~」って乗っけないでね!って私がしっかり方針を決めてやっていこう。

 他人の不機嫌がことさら怖くて、ほとんど怯えて、自分のせいであるかのようにハラハラして、だから家族のご機嫌とりに徹してたと思う、今まで。
 だからみんな、夫も子供たちも、お母さんお母さんって何でもかんでも頼るのね。

 私がまず手を放そう。知らん。薬のんで寝ます。